2011年10月9日日曜日

都会の夕焼けを見て考えた…


昨日、夕日が落ちた後の都会はなかなかエキゾチックだった。

私の場合、facebookは事務所にいる間はほぼ常時ログイン状態となっている。メインコンピュータの27インチiMacで通常の仕事を動かし、すぐ側にMacAirを開いている。

我が事務所には現在テレビはないのだが、イヤ正確に言うと砂嵐を表示するアナログテレビはある。あのデジタル切り替えの日に、全ての局がアナログにサヨナラする瞬間を目の当たりにしてから、私のテレビは「使わざる骨董品」となった。そして、私が唯一見るテレビはMacAirのUSBに差し込んだデジタルテレビチュナーだけ。で、ニュースの時間だけテレビを確認するが、それ以外は常にfacebookが立ち上がっている。
事務所を出ると、iphone、又はMacAir、そしてipadにて様々なメールや情報を取得するのだが、実はかなり多くの時間をfacebookに占領されている事はいなめない

夕日を眺めながらふっと思った。自分は何故facebookをやっているのか…と。当然始めた理由は決定的だが、自分の時間を費やしてでも今このSNSを続けているかと言うと、その先の未来が見える予感がしているからだ。

もしも、このfacebookが遊びだけなら、とうの昔に私はもっと有効な時間を使っているし、もっとダイニングバー海で楽しい酒盛りをしているだろう。
夕方、薄い紫にそまった都会の風景を眺めていると、facebookに書き込む一つ一つの言葉が、その先の見えない人に繋がり、そしてさらに先の世界とリンクして行く様をヒシヒシと感じるのだ

先日facebook上で、京都の伊藤さんと立ち上げたスティーブン・ジョブズの追悼サイトRememberingSteveJobsは、たった二日で「いいね!」を沢山いただいた。それは私にとって大きな前進となる。コレから始まる大きな復興の「ムーブメントという未来」に、一筋の大きな道筋を作ってくれた。

ある人が私にそっと耳打ちをした。「海外の亡くなった方を忍ぶ時間が本名さんあるのですか?もっとあなたが動くべき現実は違う所にあるのではないですか?」と。
本当に大切な忠告であるし、それは誰よりも私自身が知っている…と自負している。しかし、私に出来る事を考えた末に、この方法を選んだのだ。やり方は千差万別、一人一人に出来る未来を模索すれば良い。

さて、また明日も確かに始まる。
扇谷正造の「君よ 朝の来ない夜はない」を読んだ22歳の春。あれから30年以上が過ぎた。そうだ…朝が来るから、今夜は寝るとするか…。

ちなみに、facebookをされている方はぜひ…
http://www.facebook.com/RememberingSteveJobsJapan
にアクセスして欲しい。
この話は、次回の「明日への一言」で詳しくお話をするとしよう。