昨日、夕日が落ちた後の都会はなかなかエキゾチックだった。
私の場合、facebookは事務所にいる間はほぼ常時ログイン 状態となっている。メインコンピュータの27インチiMacで通 常の仕事を動かし、すぐ側にMacAirを開いている。
私の場合、facebookは事務所にいる間はほぼ常時ログイン
我が事務所には現在テレビはないのだが、イヤ正確に言うと砂嵐を 表示するアナログテレビはある。あのデジタル切り替えの日に、全 ての局がアナログにサヨナラする瞬間を目の当たりにしてから、私 のテレビは「使わざる骨董品」となった。そして、私が唯一見るテ レビはMacAirのUSBに差し込んだデジタルテレビチュナー だけ。で、ニュースの時間だけテレビを確認するが、それ以外は常 にfacebookが立ち上がっている。
我が事務所には現在テレビはないのだが、イヤ正確に言うと砂嵐を
事務所を出ると、iph one、又はMacAir、そしてipadにて様々なメールや情 報を取得するのだが、実はかなり多くの時間をfacebookに 占領されている事はいなめない。
夕日を眺めながらふっと思った。自分は何故facebookをや っているのか…と。当然始めた理由は決定的だが、自分の時間を費 やしてでも今このSNSを続けているかと言うと、その先の未来が 見える予感がしているからだ。
夕日を眺めながらふっと思った。自分は何故facebookをや
もしも、このfacebookが遊びだけなら、とうの昔に私はも っと有効な時間を使っているし、もっとダイニングバー海で楽しい 酒盛りをしているだろう。
夕方、薄い紫にそまった都会の風景を眺めていると、facebo okに書き込む一つ一つの言葉が、その先の見えない人に繋がり、 そしてさらに先の世界とリンクして行く様をヒシヒシと感じるのだ 。
もしも、このfacebookが遊びだけなら、とうの昔に私はも
夕方、薄い紫にそまった都会の風景を眺めていると、facebo
先日facebook上で、京都の伊藤さんと立ち上げたスティーブン・ジョブズの追悼サ イトRememberingSteveJobsは、たった二日で 「いいね!」を沢山いただいた。それは私にとって大きな前進とな る。コレから始まる大きな復興の「ムーブメントという未来」に、 一筋の大きな道筋を作ってくれた。
先日facebook上で、京都の伊藤さんと立ち上げたスティーブン・ジョブズの追悼サ
ある人が私にそっと耳打ちをした。「海外の亡くなった方を忍ぶ時 間が本名さんあるのですか?もっとあなたが動くべき現実は違う所 にあるのではないですか?」と。
本当に大切な忠告であるし、それは誰よりも私自身が知っている… と自負している。しかし、私に出来る事を考えた末に、この方法を 選んだのだ。やり方は千差万別、一人一人に出来る未来を模索すれ ば良い。
ある人が私にそっと耳打ちをした。「海外の亡くなった方を忍ぶ時
本当に大切な忠告であるし、それは誰よりも私自身が知っている…
さて、また明日も確かに始まる。
扇谷正造の「君よ 朝の来ない夜はない」を読んだ22歳の春。あ れから30年以上が過ぎた。そうだ…朝が来るから、今夜は寝ると するか…。
さて、また明日も確かに始まる。
扇谷正造の「君よ 朝の来ない夜はない」を読んだ22歳の春。あ


