2011年9月16日金曜日

都会の中の「秋深き隣は何をする人ぞ…」。

 松尾芭蕉の晩年、絶唱の最高の秀句とも言われるものだが、晩秋の夜、灯りのこぼれる隣家の住人に想いを馳せる人間的ぬくもりを描いていると言われている。
 都会はとてつもなく広い。そして行き交う人々は全て他人で、地元だから顔見知りには良く会うが、地元を離れるともう全て見知らぬ人々ばかりだ。当然私はこの大都会に住んでいる訳で、我が住むマンションは10階建て。各フロアに3部屋ずつだから、1-2階の店舗を覗いて計算すると、24世帯が住んでいる計算となる。そして残念ながら、大家意外のほとんどの方達とは面識が無いのだ。言わば「隣は何をする人ぞ…」。芭蕉のような情緒豊かな感性では無く、本当に他人の集合体なのだ。


 本日夕方に我が事務所のベルが鳴った。扉についているスコープを覗くと若い女性と小さな女の子が見える。そっと扉を開けると「突然失礼します…。上の階に引っ越してきた者なのですがご挨拶に…」と小さな包みを頂いた。続けて「小さな子供がいますので、うるさいかも知れませんが、何卒お許しください…」と。
 私自身も仕事で昼夜関係無くドタバタしているので「こちらこそご迷惑をおかけするかも…」とお伝えし、笑顔の初対面となった。


 そう言えば最近上階で子供の走り回る音や泣き声が聞こえていたが、私には大して問題ない範囲だし、よく考えれば、私の方こそ朝方迄バタバタと作業をしていて迷惑をかけているかも知れないのだ。何より私自身ここに引っ越してきた時、隣近所に引っ越しの挨拶をないがしろにしてしまった事を急に反省してしまった。


 小さなコミュニティに生活する場合は、マチや村ぐるみのお付き合いがある。しかし都会のど真ん中では、本当に「隣は何をする人ぞ…」なのだ。エレベータ内であっても無言のまま。一度無言で会ってしまうと、次からはなかなか挨拶も出来なくなる。わかってはいるのだが、人間とはかくもモロイ存在なのか?


 いただいた包みは、ディズニーランドのミッキーマウスが描かれた小さなビニール袋。開けてみると、韓国海苔と台所洗剤の小さなボトル。何かとっても温かな気持ちになった。


 自己反省も含めて、これからはもっと大らかに生きて行こうと思う。やはりそれが人間関係を緩やかにしていく方法の一つなのだ。
 最近facebookを活用しているが、友達申請をする際に一方的に一言のメッセージもなく「友達申請」だけが届く。何処の誰だかわからない人と「すぐに友達」になれる訳が無いし、それこそ礼儀が必要なのだ。だから私はそんな申請は一切無視をするのだ。友達になりたいなら「ラヴレター」くらい書いて来い!!と思うのは私だけだろうか?お後が宜しい様で…。



2011年9月15日木曜日

facebookの可能性について…

 昨日から再稼働した「明日への一言」だが、5/30以降、約3ヶ月半近く休んだ計算となる。以前は日々100人以上の方々が我がホームページに足を運んで下さり、二重カウントを回避していたので、現実その数の方々が日々訪れて下さっていた。
 しかし、震災以降復興ネットワーク作りのために再開したfacebook、そしてホームページと連動していたtwitterも加え、3つの文章を書き続けることは現実的に辛いものがあり、自ずとホームページの「明日への一言」を休止せざるを得ない状況となってしまった。
 沢山の方々からホームページの「明日への一言」が止まっていますが病気でもされましたか?楽しみにしているのでぜひ再開して下さい…等のご心配や励ましのメールを多々頂いていたのだ。この場を借りて沢山の読者の皆様に感謝申し上げたい。


 多くの皆様は既にfacebookという存在を一度はお聞きになっているだろう。アメリカの大学から広まった世界最大のSNS。SNSとは、ソーシャル・ネットワーキング・サービスSocial Network Serviceの略と呼ばれ、wikipediaによると人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型の会員制のサービス。
 日本ではmixiやGree等が有名だが、実はそれらの多くは「匿名性」による参加が主だった。実は匿名を義務づけているのでは無く、匿名による参加・書き込みのし易さ等が共感呼び多くの会員数を誇っている。しかし匿名性が持つクローズドな世界、書き込みの責任の所在、非難中傷等も多々見られ、それらに二の足を踏んでいた層が一気にfacebookに流れ込んだのでは無いだろうか?
 facebookの基本は「実名登録」。さらに可能な限り参加する人間の「実在を証明」出来る情報を公開しよう…という前提条件がある。その「実在証明」が第三者に対して安心感をもたらし、それが友達を増やす大きな要因ともなっているのだ。ただし、その個人情報の公開非公開管理はユーザーに委ねられている。


 震災以降、私は近場の友達づくりからスタート。そして様々なネットワーク(友達)検索により、以前からの知り合いを見つけ、さらに優れた価値観で情報公開をしている新しき仲間たちと知り合えた。3月後半から再開して半年で現在私の友達は日本のみならず世界に240人程に広がったのだが、これは私にとって大変に価値あるネットワークとなりつつある。
 「実名」による参加は「言葉に責任」をもたらし、そして同じ実名の方々と正々堂々と議論し合えるし、共感もし合える。そして私の場合は「復興」という未来を共存できる仲間たちと強い絆で結ばれ、そして次なる戦略を生み出して行けるのだ。


 facebookは使い方なのだと感じている。遊びで使うのも良いだろうし、単なる友達づくりでも有効手段だ。しかし私は、それだけではない大きな可能性を秘めていると思う。そこには「問題意識の共感」と「解決方法の宝庫」があるのだ。それに気付くと、このfacebookは一段と輝きを増す。
 ぜひ多くの皆様とfacebookでお会いしたい。そしてその可能性をもっと大きく広げて行ければと切に願う。 

明日の一言、再開します。


2011/3/11、東日本震災以降、時が止まってしまったようだった。その後、震災の爪痕は大きなうねりとなり、日本を世界を変えてしまった。
本名企劃事務所ホームページにおける「明日への一言」は震災以降日々更新し続けてきたが、2011年5月30日でストップ。どうしても書き続ける事が出来なくなってしまった。
しかし、その反面、自らこの大震災・復興において何が出来るのか?を模索することで出した答えが、facebookだった。
実名登録と言うSNSを使い、今すぐに何かをする事より、多くの共感する仲間達と知り合う事が、未来の可能性を大きく広げると確信したのだ。そして震災後すぐに眠っていたfacebookを再稼働させることになる。
お蔭様で、震災後半年で240名程の仲間が広がり今も活発にコミュニケーションがなされている。当然全ての方が震災復興に向けての仲間ではない。その中でも情報交換をし合い、未来を語り合える仲間が少しずつ広がりキーマンとも繋がってきた。

昨夜我が事務所から見た夜景だ。夕焼けにそびえる池袋サンシャイン60。この空は、遠く東北の空に繋がり、我が故郷福島県に届いている。
今、原発問題で苦しむ我が故郷・福島。この美しき空の向こうに、悲しい現実がある事に心が痛む。またこの「明日への一言」を再開することにより、その未来への解決方法が見えてくるに違いない。
さらに、今後はホームページ/twitter/facebookを連動させながら、自分の考えを進化させて行こうと思う。まだ不安定なスタートなので書き込み等が遅れるかも知れないがご了承願いたい。
沢山の方々が犠牲となられた東日本大震災、心からご冥福をお祈りしたい。合掌…。