2011年9月15日木曜日

facebookの可能性について…

 昨日から再稼働した「明日への一言」だが、5/30以降、約3ヶ月半近く休んだ計算となる。以前は日々100人以上の方々が我がホームページに足を運んで下さり、二重カウントを回避していたので、現実その数の方々が日々訪れて下さっていた。
 しかし、震災以降復興ネットワーク作りのために再開したfacebook、そしてホームページと連動していたtwitterも加え、3つの文章を書き続けることは現実的に辛いものがあり、自ずとホームページの「明日への一言」を休止せざるを得ない状況となってしまった。
 沢山の方々からホームページの「明日への一言」が止まっていますが病気でもされましたか?楽しみにしているのでぜひ再開して下さい…等のご心配や励ましのメールを多々頂いていたのだ。この場を借りて沢山の読者の皆様に感謝申し上げたい。


 多くの皆様は既にfacebookという存在を一度はお聞きになっているだろう。アメリカの大学から広まった世界最大のSNS。SNSとは、ソーシャル・ネットワーキング・サービスSocial Network Serviceの略と呼ばれ、wikipediaによると人と人とのつながりを促進・サポートする、コミュニティ型の会員制のサービス。
 日本ではmixiやGree等が有名だが、実はそれらの多くは「匿名性」による参加が主だった。実は匿名を義務づけているのでは無く、匿名による参加・書き込みのし易さ等が共感呼び多くの会員数を誇っている。しかし匿名性が持つクローズドな世界、書き込みの責任の所在、非難中傷等も多々見られ、それらに二の足を踏んでいた層が一気にfacebookに流れ込んだのでは無いだろうか?
 facebookの基本は「実名登録」。さらに可能な限り参加する人間の「実在を証明」出来る情報を公開しよう…という前提条件がある。その「実在証明」が第三者に対して安心感をもたらし、それが友達を増やす大きな要因ともなっているのだ。ただし、その個人情報の公開非公開管理はユーザーに委ねられている。


 震災以降、私は近場の友達づくりからスタート。そして様々なネットワーク(友達)検索により、以前からの知り合いを見つけ、さらに優れた価値観で情報公開をしている新しき仲間たちと知り合えた。3月後半から再開して半年で現在私の友達は日本のみならず世界に240人程に広がったのだが、これは私にとって大変に価値あるネットワークとなりつつある。
 「実名」による参加は「言葉に責任」をもたらし、そして同じ実名の方々と正々堂々と議論し合えるし、共感もし合える。そして私の場合は「復興」という未来を共存できる仲間たちと強い絆で結ばれ、そして次なる戦略を生み出して行けるのだ。


 facebookは使い方なのだと感じている。遊びで使うのも良いだろうし、単なる友達づくりでも有効手段だ。しかし私は、それだけではない大きな可能性を秘めていると思う。そこには「問題意識の共感」と「解決方法の宝庫」があるのだ。それに気付くと、このfacebookは一段と輝きを増す。
 ぜひ多くの皆様とfacebookでお会いしたい。そしてその可能性をもっと大きく広げて行ければと切に願う。